コラム

自分自身にとって好ましいモチベーションスタイルとは

ヒューマンバリュー


 






 

3種類のモチベーションを理解する


私がモチベーションという言葉を最初に聞いたのは、今から33年前のことである。
SMIという教育用のプログラムのプレゼンテーションを受けた時だ。
当時聞かされたのは、モチベーションには3種類あると言うことだった。

ひとつは「報酬によるモチベーション」だ。
何かが手に入るから頑張る。すなわち、物欲がメインのモチベーションということを言われた。これは、最限がなく、満たされる瞬間は達成されたときで終わるというものだ。
例え話として、夏のコーラと言われた(当時は夏の飲み物というとコーラが定番で、今のように多くの商品はなかったのでこの商品を使ったのだとおもう)、喉が乾きようやくコーラを手に飲み干すと、ほんの数時間もしないうちに又喉が乾き、元の状態に戻ってしまうというものだ。ちょうど、ロバの鼻先に人参をぶら下げて、ロバはそれを食べたいが故に前進する光景だと、このような、報酬によるモチベーションは人を本質的に行動に駆り立てるモノでは無いと聞かされた。

二番目は「恐怖によるモチベーション」だ。
恐怖とは生活に対する不安や、上司からの叱責など、恐怖を与えられ、それから逃れたいために動くというものだ。怖いからというのはよく見る。大きな会社の人は気の毒にと思うことがよくある。雇用に対する不安である。職を失うという不安から本心とは異なった発言や行動をとってしまう。ロバで言えば、ムチで尻を叩きゆうことをきかせるようなものである。
私が新人の頃、務めていた職場で、在庫一掃セールをしていた。私はその売り場にいた。
新人とい言うこともあり、一生懸命に仕事をしていた。そこに、私よりは20才も年上の先輩が激励の意味も込めてやってきた。その時の一言でキレた「こんなもの、どうせ客も分かって買うのだから、適当にやってればいいんだよ」と、「適当とはなんだ!」と私、次の瞬間彼の右頬に私のパンチは命中し、気がついたら、他の上司に後ろから押されられ「落ち着け、先ず、落ち着け、お客様の前だぞ」という言葉で、気が治まった。
当の上司は反論するわけでも無く、その場から居なくなった。以来、私が退職するまで、気まずい仲は続いた。
若いせいもあり、血気盛んだったのである。
しかし。このことに対する会社側からのおとがめは一切なかった。今思えば、場所はまずかったが、そのこと自体は正しかったからではないだろうか。
昔は自由闊達な社風があった。実際、ある産地の社長が会社にくるなり、私の頭を見て、「しかし、今日日の若者はどうしてこんな長い髪にするのかね」と私が務める会社の社長に、私の目の前で話したことがあった(実際、その当時の私は、肩にかかるまでのロングヘアーだった)。その時の社長の返事は「会社にとって、髪の長さは問題ではない。どれだけ仕事が出来るかが問題なのだ」と返答したのも覚えている。実際、優秀社員の表彰式の際も、断りがあった「え、この社員がと思われる人が受賞するかもしれませんが、会社としてはその仕事ぶりを見ており・・・」といった前置きがあったの思い出す。 私は在社中、入院した時を除けば毎年表彰されていた。
こんな私ですので、恐怖によるモチベーションは効くはずのなかったわけだ。極めつけは、常務が朝礼で近頃の若者はというテーマで話をしたとき、朝礼後に「今朝の話は私の事をいったのですか?」と聞きに行くぐらい仕事にプライドを持っていた。常務の答えは「君は別だよ」そっけないものだった。 モチベーションの2つを聞いた時点で、古典的な「アメとムチ」を思い出した。

最後の3つ目を尋ねると、それは「心構えによるモチベーション」だと言われた。 いっている意味がよく理解できなかったのを覚えている。
彼は、そこからマズローの欲求5段階説の話を始めた。生存の欲求から自己実現の欲求までの例のやつである。 彼は、心の有り様から導き出されるモチベーションは継続的だし。とても強いものだと言うのである。
確かに、お金は欲しいが他人を蹴落としてまで手に入れたいとは思わない、他人から、札束や恐怖で動かされることは大嫌いな私にとって、誠に意に沿ったものだった。
「心構えによるモチベーション」か、なるほどと感心したのを覚えている。
じゃ、それは何と尋ねると、人生の棚卸が必要だと言われた。また、どのような人間になりたいのかも・・・。 そこで、目標設定の大切さと、そのための制約条件の解除の方法など、話は長くなり2時間30分にも及んだ。
結果として、私はまんまと彼の術中にはまり、当時17万円もするカセットテープを購入する羽目になったのである。サラリーが8万円の時代でしたので、ちょっとした勇気がいった。 その数年後に、私もこのビジネスをすることになるのですが、これにより、モチベーションを常に「心構え」すなわち、報酬や恐怖ではない領域で持つようになり、楽しい人生を過ごしているように見える。
よーく考えると「心構えによるモチベーション」とは、詭弁なのかもしれない。 私はよく、目標を加工するということを話す。例えば、売上目標であっても、結果としてそれが付いてくるように、今日も「ファンづくりをしよう」と、ファンになってもらうためにはプロモーションも必要だし、喜んでもらう演技も必要かもしれない。また、喜ぶポイントも人によって違うかもしれない。その技術を身に付けなければ等と考えると、楽しくてしょうがなくなる。
しかし、実態は売上を作ることに向かっている事実である。 でも、モチベーションは、自身に対する動機づけなのだから、手段はどうあれ、楽しい方向で向かうためには「心構えによるモチベーション」が、求められるのでは無いかと思う

 

税理士試験・財務諸表論暗記学習