コラム

会社の文化を考えてみよう。

ヒューマンバリュー


 
 



 

リーダーシップが企業文化を構築する


私は、企業の社風を好ましいものにするためのお手伝いを数多くさせて頂いた。
企業にお邪魔し、雰囲気が悪いのがすぐに伝わったとこもあった。社長と会話をしない従業員、社長の奥様が会社にくると一気に暗くなる会社・・・。
色々と苦労はあった。 この話は後に譲るとして、昨日、ニュースステーションにおいて、震災後の宮城県気仙沼市の阿部長商店という会社を紹介していた。 この会社は、震災後仕事がすべてなくなったにも関わらず、従業員を一人も解雇することなく、雇用し続け再建を目指すというものであった。
正に不屈の精神である。従業員を守るという精神はそのまま、この会社の企業文化として定着していくのだろうと思う。
前述の会社も、本来リーダーである社長が、的確なリーダーシップを発揮していれば起きなかった内容なのである。
ある特異な社員がいた。どうも頑なに心を開こうとしない。離れてみる限り、そんなに性格の悪い人間には見えなかった。
そこで社長に尋ねた。彼との間に、ここ一年或いは2年位の間で何かなかったかと、社長は思い出したように答えた・・・。それがきっかけだったのである。 社長が詫びている旨を本人に伝えた。
その後、彼は会社を去った。目的を達したという事である。
阪神大震災の時も、頼りになったのは行政ではなかったと聞いている。それは、大阪から徒歩でやって来た会社の同僚だと、日本人にとって会社は家族である、よりどころなのだと感じた。
それは、古く侍の時代から、殿様に仕えて、そこを盛り立てようとした文化に似ているとも思った。
私は、その会社という文化を理解してもらうためにNCR(エヌシーアール)の企業文化というペーパーを配って読んでもらう。
内容は、以下のような文章だ。
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 ナショナル・キャッシュ・レジスター・コーポレーション(NCR(エヌシーアール))の元会長S・C・エリンが同社について好んで話すひとつの話がある。
 エリンは1945年8月、終戦後、初めてドイツへ訪れた連合国側の民間人のひとりだった。戦争直前に建てられたものの、すぐにドイツの軍司令部に接収(せっしゅう)され戦争遂行のために利用されたNCRの工場がどうなったかを見にいったのである。
軍用機でつくと、燃え尽きた建物、瓦礫(がれき)、人気(ひとけ)のまったくない一面の焼野原を通って工場の廃虚(はいきょ)にまでたどり着いた。
煉瓦(れんが)やセメント、焼け焦(こ)げた木材をかきわけていくと、なんと二人のNCRの社員がいるではないか。
六年振りの再会である。二人とも、服はぼろぼろで、顔も煤(すす)で真っ黒に汚れていたが、せっせと瓦礫の片付けに励んでいた。
エリンが近づくと、一人が彼を見上げて言った。「きっといらっしゃると思っていました」エリンも彼らに加わり、三人は力を合せて、戦争で破壊された工場を再建する為に働きはじめた。
会社は世界的な戦禍(せんか)にもめげず、そうした形で生き延びていたのである。
数日後、片付けを進めていると、アメリカの戦車が轟音(ごうおん)を響(ひび)かせながらやってきて、エリンたちを驚かせた。
運転席のGIが笑顔を向けている。「やあ」と彼は言った。「僕はオマハのNCRだ。きみたちは今月のノルマを果したかい?」エリンとGIは抱きあった。
あらゆるものが荒廃(こうはい)を極めているなかで、NCRの猛烈な販売志向の文化はなおも健在だった。
信じられないような話だが、同じような逸話(いつわ)はNCRにも、ほかの会社にも、たくさん残っている。それらが集まって、アメリカ企業の神話と伝説を作りあげている。
これらは何を物語っているのだろう?
それは、企業は人間の組織であって、豪華な建物や帳尻(ちょうじり)、戦略的分析、あるいは五か年計画ではないということである。
NCRは、その工場を瓦礫のなかから掘り出しだした三人の男たちにとって、ただの工場ではなかったのである。むしろ、生きた組織だった。
会社がほんとうに存在したのは社員の心の中だった。
NCRは過去においても、現在においても、ひとつの企業文化であり、理念、神話、英雄、象徴の合体であって、この会社で働く人びとにはそれが重大な意味をもっている。
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縁があって会社で働いている。であればその縁を大事にしてほしいものである。 与えてもらう事だけでなく、与えることも会社はいろいろなことも教えてくれる場なのである。

 

税理士試験・財務諸表論暗記学習